2015年9月10日木曜日

知的生命体、芸人になる

これは私、知的生命体のストーリーです。
宇宙より長く生きた概念である私が、芸人(にんげん)になった話。
相方と出会った話。
その相方と、永遠のお別れをすることになった話。


人間の持つ笑うという感情に興味を持った私は、日本でお笑い養成所に入学することにしました。
クラスの誰よりもお笑い知識に長け、お笑いへの情熱を持った男。
彼が一平さんでした。

彼は私のことを「君、面白いね」と言ってくれました。
今まで出会った人々は私のことを不思議とか凄いとか言ったけれど、面白いと言われたのは初めてでした。
それはなんだか温かい気持ちになる体験で、同じものをおすそ分けしたくて
「一平さんこそ面白いですよ」
と言ってみました。

すると、彼は同期から相方に変身しました。

愉快な仲間もできました。
最初は敵意むき出しでライバル視してきたけれど、お笑いの難しさを知ってからは僕らの友達になった金持ちの御曹司・ガイさん。
養成所に入ったのは才能のある若手の彼女になるため!という、実は芸人志望ではなく大のお笑いマニアのナジカさん。
彼女は私の”追っかけ第一号”になってくれるのだそうです。

養成所の講師は、かつて昆虫工場というコンビを組むお笑い芸人だった西村さんです。
昆虫工場はデビュー直後から数々の賞レースで優勝し、将来を渇望されたコンビでしたが、
ボケである相方さんが違法な薬物に手を出し、引退せざるを得なかったのだそうです。
「あいつはキャラが濃かったけれど、実はとても気が弱くて、プレッシャーに耐えられなかったんだ」
辞めるならばせめてその才能を僕に預けてからにして欲しかった、と西村さんは
寂しそうにおっしゃいました。

ある日一平さんと、西村さんと、ガイさんと私で飲みにいきました。
一平さんは西村さんのツッコミに憧れてこの世界に入ったのだそうです。
照れながらそう言うと、酔った勢いで私たちのコンビ名をつけて欲しいと西村先生にお願いしました。
すると西村さんは「焼きそばヘッドスライディング」という名前を下さいました。
昆虫工場の前に名乗っていたコンビ名なのだそうです。
私は、一平さんはいつも焼きそばを食べているので、いい名前だな、と思いました。

この日から、私は「焼きそばヘッドスライディングのボケ」になりました。
ガイさんは御曹司ダンス選手権で優勝した黒田節を披露してくれました。
西村さんも「俺は才能のある若い奴がくすぶっているのを見るのは嫌なんだ」と何度も繰り返しました。
西村さんも酔っていたのだと思います。
本当に楽しい夜でした。

私は焼きそばヘッドスライディングのボケからツッコミに変更しました。
一平さん曰く、ツッコミの技術は磨けば磨くほどうまくなるそうで、確かに練習するにつれて
私たちの漫才の実力は上がっていったようです。

一平さんのバイト先であるカラオケ店にナジカさんも入ることになり、ますます楽しい毎日でした。
あの男がやってくるまでは・・・。

あの男は一平さんの父と名乗りました。
しかし、私は彼らが親子ではありえないことを知っています。
あらゆる分野に精通する大天才であるあの男は、
150年前私に近づき戦争の道具として研究しようとしたトミイ博士は、
一体何を企んでいるのか。

トミイ博士が一平さんの身体に触れると、不思議な機械音を発して一平さんは動きを停止しました。
あの男は言いました。
「これは試作品でね。笑いのレベルがまだまだ低いんだ。
バラバラに分解をして作り直したら性能が上がるから、そうしたらまた君はそれを相方にして漫才をやればいい」

なんということでしょうか。
一平さんは、アンドロイドだったのです。

2020年東京オリンピックで起こったある事件をきっかけに、世界各国からの要請を受けたトミイ博士は、お笑い専用のアンドロイドを作ることになりました。
笑いは戦争と逆に人を幸せにする。
そして研究の結果、笑いはアンドロイドの制御装置を安定させることがわかった。
これが、お笑い芸人のアンドロイドを作成した理由でした。
カラオケ屋の店長ホリさんは博士の助手。
さらにカラオケ屋の地下は実験室になっており、彼らは時々一平さんをメンテナンスしていました。

アンドロイドにお笑いの感覚を1からプログラミングするのは困難です。
そこで、博士は優秀なお笑い芸人の中身をコピーし、アンドロイドに移植することにしました。
治験のアルバイトと称してお笑い芸人を沢山集め、対象のアンドロイドと最もシンクロ度の高かった者の中身を使う。
そこで選ばれたのが、当時相方のスキャンダルで表立った仕事ができず、このアルバイトに参加していた西村さんだったと言うのです。

私はトミイ博士に賭けを申し出ました。
今度の若手お笑いコンテストで、焼きそばヘッドスライディングが優勝したら、一平さんを返してもらう。
もしそれができなければ、私自身を戦争の道具として研究してもらってかまわないと。

私とガイさんとナジカさんは途方にくれました。
今ままで交わした一平さんとの会話は、彼の意思ではなかったというのでしょうか。
一平さんが西村さんを尊敬していたというのは、作られたニセの記憶だったのでしょうか。

何より、一平さんは自分がアンドロイドであることを知っているのでしょうか。

とにかく、何が何でもコンテストに優勝しなければなりません。
戻ってきた一平さんの漫才特訓は、それは厳しいものでしたが、練習するほどに漫才の質は上がり、私たちは予選を無事通過することができました。

この頃には、私は一平さんがアンドロイドであろうが構わないと思っていました。
例えそうだとしても、彼が芸人(にんげん)であることには変わりはなかったので…。

決勝前日は、他のコンビに漫才のスタイルを盗まれるという事件があったものの、ガイさんのアイディアで発想を転換して、より良い漫才を作ることができました。
西村さんも激励に来てくれました。
ナジカさんのお母様が倒れ、急いで故郷に帰るために、本番を見てもらえなくなってしまったことが残念でした。

直前まで私達は2つある漫才の大オチのどちらを採用するか悩み、一平さんは破滅オチを選びたいと言いました。
「だって、破滅なんてバカバカしいオチを知的生命体とアンドロイドがやるっていいだろ?」

彼は知っていました。
最初から知っていたのだそうです。

何でもないようなふりをして、気丈に陽気に振舞おうとする一平さんを見て、私は初めて声を荒げました。
声を荒げて、敬語なんて忘れて、激しくツッコミました。

「本番もそのテンションとタメ口で来いよ!!」
彼はそう言いました。

決勝当日。
最高のテンションで望んだ私たちはウケまくりました。
ネタの途中で起こったゲリラ豪雨にも負けず、ずぶ濡れの観客も異様なテンションになり、ウケにウケまくりました。
そして・・・

結果的に、優勝することはできませんでした。
最後の大オチ、あの破滅ネタのラストで観客が一斉にポカンとして、会場が静寂に包まれる。
一平さんはそれを自分のせいだと土下座しましたが、そうではないのです。
私には見えました。
全方向を見ることができる私だけが、舞台上でわかりました。

あの瞬間、私達の背後に大きな2本の虹がかかったのです。
みんなの大好きな、この地球上にいるどんな生物でも見たら笑顔にならずにいられない、綺麗な虹がかかったのです。
だから最後の瞬間、観客は誰も私達を見てはいなかったのです。

虹ではなく一平さんを見つめていたトミイ博士に、父親としての情があったのか、それはわかりません。
ただ確かなことは、一平さんの分解は避けられない事なのだということ。
それはトミイ博士でさえ止められないことなのだ、ということです。

一平さんは私をしっかりと見つめて、芸人としての挨拶をしてくれました。
「知的、お疲れっした!」
だから私も返しました。
「一平さん、お疲れっした!」

博士に頼んで停止装置を前から押してもらった一平さんは、そのまま博士の胸の中に崩れ、博士はそれを抱きとめ。
そうして去っていく二人の姿は、まるで親子の抱擁のようでした。

これが私の見た最後の一平さんの姿です。

あの日、一平さんは私に言いました。
自分と別れたらどこに行ってもいい。
でも、どこに行くにしても芸人(にんげん)代表としてそこにいる奴らを絶対笑わせろって。

芸人て辛い事ばかりで、楽しいことはほんの少ししかありません。
だから、しばらくトンボの所に行くことにしました。
でも、トンボの笑いのレベルは相当高いので、私は養成所に戻ってもう少し笑いの勉強をすることにしました。


結局私はコンビを組まずに、ピンで活動をしました。
西村さんも、無理やりコンビを組むことはないんだよと優しくおっしゃいました。

もうすぐ養成所の卒業公演です。
出囃子はかつて一平さんが歌っていたあの曲にしようと思います。

「にんげんっていいな」