の芝居が上演されることになった。
今年も演目は「かもめ」。
「かもめ」の演出家・鈴木裕美さん、こちらもフルオーディションで来年
上演される「反応工程」の演出家・千葉哲也さん、新国立劇場の芸術監督・
小川絵梨子さんによるトークショー。
約800名を選考→全員をワークショップ形式で見るという大変な作業だった。
それでもやりたいと考えたのは、作品(脚本)のための演劇が作りたいから。本来は上演する作品がまずあり、オーディションでその役にふさわしい
役者を選ぶというのが健全な方法だが、現在の日本ではそれが難しい。
例えばメインキャストの候補と共にプロデューサーから
「この人はファンクラブ会員が3000人います」とか
「この人はバラエティのレギュラーを持っているのでTVで宣伝をしてもらえます」
というアピールポイントが届き、どれだけチケットが売れる人を持って
くるかが重要となる。
鈴木さんによると、昔のプロデューサーはチケットの売り上げ=自分のプロデュース能力という矜持があったため、あまり表立ってでこういう事は
言わなかったらしい。
でも最近は皆さんはっきりと言う。
鈴木さんが演出する舞台に、某人気俳優をオファーした話が印象的だった。
所属事務所から「是非ともお願いしたいくらい良い役ですが、彼は決して上手くないですよ。なので必ずオーディションをして下さい」と依頼をされる。
そんな事ないと思うけれど…不思議に感じながらもオーディションをして、
稽古場で作品や演出についてなどをその俳優さんと話しあっている時に
突然理解した。
「あっ、これは彼のオーディションじゃない。
『私が』オーディションを受けているんだ!」
うちの大切な俳優を任せられる演出家なのか。
彼をどう演出するつもりなのか。
事務所側が演出家としての鈴木さんをオーディションしていたのだと気がつく。その時に初めて、オーディションとは演出家が役者を一方的に選ぶのでは
なく、役者もまた演出家を選ぶのだということを知ったという。
なので「かもめ」のワークショップでも最初に「選考途中でこれは自分の
出演したいかもめではないと感じたら次回から来なくても全く構いません。
その事によって次の作品の舞台選考に影響があることは決してありません」
と伝えたそうだ。
鈴木さんがチェーホフ「かもめ」を選んだのは、もちろん長年手がけて
みたかったことも理由だが、老若男女の役があるから。
せっかく初めてのフルオーディションをするのであれば、幅広い役者が参加できるものである方がいい。
もし普通のプロダクションで「かもめ」を上演するのであれば、座組の中に
有名人がいたら彼女を差押えて知名度のない女優がイリーナやニーナをやる
ことはあり得ないだろう。
それに「かもめ」ならば簡単に戯曲が手に入る。
しかし、幕が開いてから鈴木さんは「かもめ」を選んだことを少し後悔したと言う。
あまりにも有名作品であり上演も多いので、それぞれの役者が過去の役者達と比べられプレッシャーになってしまうから。
千葉さんの選んだ宮本研「反応工程」のようにあまり上演歴の無いものに
するべきだったのではないかと語る。
ちなみに「反応工程」はオーディションの情報が流れた後、応募希望者が
一斉に買い求めたため日本中の本屋から戯曲が消えたらしい。
買えなかったから読まずにオーディションに臨んだ人もいたと話すと
鈴木「かもめも読まないで受けに来た人いたよ」
千葉「かもめは読めよ!(笑)」
「反応工程」は来年上演だが、千葉さんのスケジュールの関係ですでに
オーディションは終わっている。
千葉さん曰く、有名な人は誰もいない。半分くらいは事務所にも所属していない。現役学生やまだ舞台経験が2回しかない人もいるという攻めたキャスティング。
これは面白そうだ。
19歳の子なんて多感な時期だから、1年空いたらまるで変わっているかもしれない。
たまに写真を撮って送ってくれないかなとお父さんのように心配する千葉さん。
選考の手間とチケット売上以外はメリットだらけのように聞こえるフル
オーディション。
ではデメリットは無かったのかと問われると、それもあったという。
1つは最後まで残った人たちはみんな素晴らしくて選べない!という幸せな悩み。
可能であれば複数組の座組みを作りたい、だってどの役に残った人達もすでに優劣じゃないんだもの。
ピョートル役なんて最後まで残ったのは全員かつて仕事をしたことのある
自分の大好きなおじちゃんばかりで、もう誰かを落とすなんて辛いから
「じゃんけんで決めて…くれないかな…」と切実に悩んだらしい。
二つ目は内緒で!と言われたので詳しくは書かないが、開かれたオーディ
ションをするということは「この人が来ると困るな…」という応募があって
も断れないのだという話。
適当な理由をつけて落とせばいいのでは?と思ったけれど、もしその人が役柄にぴったりであれば選ばざるを得ないと語っていたところに誠実さを
感じた。
三つ目のデメリットは意外はもので。
公平に選ばれたということは、役者全員の立場が同じことを意味する。それがプレッシャーとなり、パニックをおこしてしまった役者がいたそうな。
共演者であるあの巧い人やあの有名人と同じ土俵に立たなければならない
のだという思いから演技がからまわり、それを周りが察し、周りに気を
使わせている事がさらなる重荷となり…という悪循環。
全員をオーディションで選ぶとこういうが起こるとは、稽古に入るまで
全く予想できなかったと驚く鈴木さん。
そいつ役者に向いてないんじゃない?と軽口を叩く千葉さんに、眉をひそめて
そういう事言わないの!と女性陣がたしなめる。
そこから役者と演出家についてのトークとなり、千葉さんが海外の演出家に
「なぜ日本の役者は教えて欲しいと聞きに来るのか?」と言われたと話す。
役者というのは表現者であり自分の表現したいように自由に演じる。それをどう演じれば良いのかと聞きに来るのは気味が悪い、と。
小川さんの言う風通しの良い舞台がもっと増えると、演出家と役者の関係性
も変わっていくのかもしれない。
フルオーディションの舞台が増えていくといいな。