2015年2月6日金曜日

ビリー・エリオット ミュージカルライブ

映画「リトルダンサー」のミュージカル化で、映画の原題が少年の名前であるビリー・エリオットです。
当時、映画をミュージカル化・・・?と訝しげに思っていた舞台ファンを尻目に大ヒット。
その後、雨後のタケノコのように映画~ミュージカル化する作品が増えました。
世界中で上演され、日本でも「劇団四季がビリーをやるために少年のダンスクラス募集をしているらしい」と噂があったけれど、結局やりませんでしたね。
労働基準法の関係なのかな。韓国では上演されました。

ストーリーは映画と同じ。
ただし、舞台版の方が炭鉱のストライキと街に漂う暗い影が色濃い。
ストライキの長さに疲弊していく炭鉱夫達と、街の人々の想いが感じられます。
その暗さと反比例して遠く輝くバレエの世界。
主人公ビリーの素晴らしいダンスを前後左右、どころじゃなく上から下から
カメラがとらえて、踊り終わった後の息遣いまで聞こえそうな迫力でした。
踊りまくりで歌まで歌って、宝石みたいに輝く少年はまだ11歳です。
眩しい・・・。

印象深いのは、ビリーの才能に気付く瞬間をとらえたシーン。
バレエ教師ウィルキンソン先生が、ポーズを取ってピタリと止まるビリーの姿勢をそっと一つずつ直す。
最後に顎を引かせ、完璧なポジションのまま静止するビリーを見つめる称賛の瞳。

バレエを諦めたビリーが、想像の中でダンサーとなった将来の自分と華麗に舞い、クルクルとまわってラストを決めた姿を見た父親の表情。
バレエの知識などまるでない彼にさえ「息子には非凡な才能がある」とわかる、
あのダンスに心を奪われたたからこそ、心を決めて先生に進学について頼みに行ったのでしょう。

 最後にビリーはロイヤルバレエの付属学校に入学が叶い、父親も兄も大喜びだし、街の男達も彼がすでに成功したかのように声をかけるけれど、女性達はもっと冷静だと思いました。   
男は夢を見るのが好きで、自分達の分まで少年に夢を託す。
でも女はその先の現実を見つめている。

祖母は「もうあんたの部屋は人に貸しちゃったからね」と、とぼけながらも、
暗にもう戻る場所は無いことを示唆する。

帰郷の度に会いにくるよ、なんて言ってくれる可愛いビリーに、先生は
「こんな街の事はもう忘れなさい。後ろを振り返らず、ひたすら将来だけを見て進むように。
私の教えた2流のレッスンも綺麗さっぱり忘れなさい」
と忠告をする。

そして想像の中で語りかけてくれる最愛のママも
「もう会うことはないと思うわ・・・どうかしら?」

彼女達はまだ幼さの残る少年が、これから対峙する厳しい現実にくじけて戻りかねないことがわかるから。
前に進むためには、退路を断つくらいの覚悟を持たせなければならない。
確かに、この時点ではまだビリーは付属学校の入学許可を貰っただけで、未来への最初の一歩を踏み出したにすぎない。

現実の舞台を見ても思う。
スクリーンで輝く主役のエリオット・ハンナ君があまりにも完璧で、この世に二人といない、ビリー役を演じるために生まれてきた子ではないかしらと興奮して思ってしまうけれど、実際には週に4人のローテーションで演じる子供役の一人であって。
さらに最後に登場する、歴代27人のビリー達。
今はヒップホップをしているのだろうなという風貌の人もいたし、すでに舞台の道を去って今回は出演していない”ビリー”だっているはず。

スターへの道のりはあまりにも遠い。
でも、最初の一歩を踏み出さないことには決して届かない。