2013年7月13日土曜日

トークセッション「別役実の世界」

別役実と聞いて思い浮かぶのは、かつて毎年行われていた
青山円形劇場フェスティバル。
別役実特集が組まれたその年のポスターに映っていた、ご本人の
写真がたまらなくかっこよかった。
いや、もしかしてポスターではなく演劇ぶっくの表紙だったかもしれない。
 
細身のスラリとした長身の別役さんが軽く腕を組み、くわえ煙草
をしていたかな?軽く身体を傾けてこちらを見つめている。
明るい色調とあいまって笑顔ではないのに怖さはなく、
飄々とした表情の中にまっすぐな信念が伝わる立ち姿。
 
現在新国立劇場で「象」が上演されている関連で、別役さんの
トークセッションがあった。
舞台セットの中央に作られた椅子に向かってゆっくりと歩く別役さんを
見て、ハッと息を呑む。折れそうな細い細い身体、右手には杖。
御年76歳。去年からパーキンソン病を患い、切っても切れない
関係だった煙草を辞めたと聞き、会場から驚きの声があがる。
 
失礼ながら、一時間のトーク大丈夫かしら?と不安になったけれど
そんな不安はすぐに杞憂に終わる。
ユーモアがあり、チャーミングで、自分の戯曲の特性を分解して
説明してくださるかくしゃくとしたおじいさま。
聞き逃したくない話ばかりで、気がつけば私はチラシの裏に
ペンを走らせて紙の隅々までメモを取っていた。
 
満州で過ごした幼少期から生まれた感性。
日本に引揚げて来た時に感じた「湿気」と「緑の濃さ」の
気味悪さ。
また、田舎の風景もどこか居心地の悪さを感じるという。
「田舎は自然と、人の住む人工物の境目があいまいで。
都会はここから自然、ここから人工物ときっちり分かれているでしょう」。
脈略なく続くもの、しゅん別できないものに気持ち悪さを覚える。
 
「月にぶらさがっている魚」という表現をロマンチックだとと
取られて驚く。魚はどこか死体を意味するような感覚として使ったから。
海のない満州の子供にとっての、水溜りや魚に触れることの感覚。
(覚悟という言葉を使っていたような気がする)
 
もちろん今回の「象」に関する内容も。
原爆症患者の方(ケロイド一号)をモチーフに、土門拳がわら半紙で
作っていた写真集に触発された話。
世間からの評判は当然のように悪く、しかし一部の熱心な演劇
ファンには絶賛されたが
「被害者の方からの反応は、ありませんでしたね」
という事実がなんだか胸に残る。
 
そして、別役作品の特徴に関する話題。
登場人物に名前がないのは、名前をつけるとバックグラウンドを
感じさせてしまうから。背後に風景が浮かんでしまう。
「でもこれは俳優さんには不評のようで。
経歴欄に~という芝居の“女3”を演じました、と書くのはねえ」
には笑ってしまった。確かにね~。
 
また、ベケットの影響は有名だけれどテネシー・ウィリアムスなどの
アメリカ演劇にも影響を受けているという話。
「あの頃の若い演劇人は、清水邦夫なんかも、アメリカ演劇には
興味を持っていましたよ。ヨーロッパの演劇にはない艶っぽいところに
惹かれたんでしょうね。」
 
なんだか想像してしまう。
今や大御所の彼らがまだ20代の若者で、格好つけてベケットの影響を
口にしながら、仲間内では
「ガラスの動物園は色っぽいな。ブランチとローラ、100年後にも評価が
高いのはどちらだと思う?」なんて言い交わしている姿を。
 
他にもたくさんたくさん素敵な話題があったのに書ききれない。
 
青山円形劇場フェスティバルで、ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出の
「病気」が、別役作品の喜劇部分だけを純化させた素晴らしい演出で
別役さん自身にとっても自作の喜劇性を確認できて、ふっきれた
良い機会になったこと。
(私も見たけれどずーっと笑ってた記憶がある!ちょっとカフカっぽいの)
 
喫茶店でずっと書いていたのは集中しすぎないため。
集中すると、脚本に感情移入をしすぎてしまうから。
 
今回のインタビュアーは扇田昭彦さん。
私が劇場に通っていた頃でも、都内の注目作のロビーには
かならず現れるので
「扇田さんは都内に3人いる」 「いや、5人だ!」
と蜷川幸雄影武者説のように語られていた方ですが。
 
膨大な上演歴、作品の分析、時には扇田さんの指摘する別役作品と
他作品の関連性から別役さん自身が思い当たる例もあり。
本当に・・・劇評家、いや評論家かくあるべし。
書評家の豊崎さんや映画評論家の町山さんの語っている
評論家とは!を私は扇田さんの演劇評で学んでいた気がする。
しかも常に穏やかで紳士的。
そんな扇田さんも72歳でいらっしゃるのですね。。。
 
芸術監督の宮田慶子さんが、若い頃から繰り返し夢中に読んだ
別役さんを招いてお話を頂けるのが夢のようだと、まるで少女の
ように嬉しそうに紹介していたのも微笑ましい。

病の影響で脚の震えが止まらないが、これが手にまでくると困るという。
握力がなくなったので使っているのは
水性ペン。
現在168本目を執筆中で、この先も依頼されている台本がある。
コツは毎日一行でもいいから必ず書くこと。

 別役作品、まだまだ現在進行形。